神道いろは

神道、それは受け継がれる祈りのこころ

春には桜の花が満開に咲き、

秋には稲穂が金色(こんじき)に実る。

 

まるで全てのものに神が宿るかのように繰り返す自然の移ろいに、愛おしむ心、祈りの心が育まれます。



一生に一度は伊勢参り

江戸時代に日本中の人たちを魅了したお伊勢参り。

最盛期には年間500万人が伊勢を訪れ、実に日本人の6人に1人が参拝したという記録があります。

通称、お陰参りとも呼ばれる伊勢神宮の参拝。

そこには天からの恵みによって生かされているという日本人の自然への信仰が覗えます。



神社のルーツとは?

 「お寺と神社はどう違うの?」と問われれば、まずは、「お寺は仏教、神社は神道」と答えることが一般的かと思います。

 

日本の文献における「神道」の語の初出は、奈良時代成立の『日本書紀』で、次のように記されています。

 

「天皇、仏法を信じ、神道を尊ぶ」(用明天皇(在位585~587)即位前紀)

 

しかし、『日本書紀』以降、平安時代なかば頃まで、「神道」の語は文献にほとんど登場しません。

 

現在では「神社」を「じんじゃ」と読みますが、これは明治時代以降に定着した言葉で、それ以前にはヤシロ(社)・ミヤ(宮)の語が用いられてきました。

 

『古事記』『日本書紀』などをみると、「神社」は「かみのやしろ」「やしろ」、「神宮」は「かみのみや」「かむみや」などと読まれています。この中で神社の原型ををよく示唆する言葉が、やしろです。

 

日本民俗学の柳田国男氏は、「古い時代における神社は、ただ祭りの日に集まって神を祭るために、別置されていた霊場だった」と記しています。

 

時代を遡ると、神社は聖域にある巨岩や樹木に神霊を招いて神マツリが行われたと考えられています。これらが現在の神社の原型です。

 

なぜ、ヤシロやミヤが聖地になったのかといえば、そこが神の鎮まるところ、神霊の降臨するところであり、そしてまた、神が人間の穢れを浄化し、幸福を授けられるところと信じられ、社殿が設けられ、現在のような形になりました。